大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)3770号 判決 1997年8月29日

東京都新宿区舟町一五

原告

柴田真佐男

東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

中山孝雄

同右

山本衛

同右

栗木幹夫

同右

下川順

同右

森満

同右

桃枝伸之

同右

塚原健一

名古屋市中区三の丸三丁目一番二号

被告

愛知県

右代表者知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

右指定代理人

志治孝利

同右

若山泰文

同右

田中宏之

同右

一柳繁利

同右

飯野謙次

同右

太田多津雄

同右

鈴木愛

右国及び愛知県指定代理人

各務省吾

同右

中西和彦

名古屋市中区三の丸三丁目一番一号

被告

名古屋市

右代表者市長

松原武久

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

同右

大場民男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金三億円を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。

発明の名称 水がある所に建造された多目的建造物

出願日 昭和五六年五月二二日(昭五六-七六四四四号)

公告日 昭和六三年四月一五日(昭六三-一七九八九号)

登録日 昭和六三年一一月三〇日

特許番号 第一四六七八八〇号

特許請求の範囲

「多段階の大規模建造物を、その建造物の本体とし、その建造物の本体部分を地上部分と地下部分とにより形成し、前記地上部分の上面を前後方向に細長く形成するとともに平たく形成し、前記地下部分をきわめて大きい構造体とし、その地下部分の水の少ない部分の部屋には生活活動に必要な設備を設け、前記地下部分の水のある部分には、水を利用する設備および貯水設備を設け、前記多段階の大規模建造物の地上部分の一方に河川或いは湖沼等からの取水口5を設け、前記地上部分の他方に排水口6を設け、前記取水口5と前記排水口6との間を水路でつなぐとともに、その水路と前記水を利用する設備および貯水設備とを連絡させてなる河川或いは湖沼等の水がある所に、建造された多目的建造物」

2  本件特許発明の構成要件を分説すると、次のようになる。

(一) 多段階の大規模建造物を、その建造物の本体とし(第一の構成要件)

(二) その建造物の本体部分を地上部分と地下部分とにより形成し(第二の構成要件)

(三) 前記地上部分の上面を前後方向に細長く形成するとともに平たく形成し(第三の構成要件)

(四) 前記地下部分をきわめて大きい構造体とし(第四の構成要件)

(五) その地下部分の水の少ない部分の部屋には生活活動に必要な設備を設け(第五の構成要件)

(六) 前記地下部分の水のある部分には、水を利用する設備および貯水設備を設け(第六の構成要件)

(七) 前記多段階の大規模建造物の地上部分の一方に河川或いは湖沼等からの取水口5を設け(第七の構成要件)

(八) 前記地上部分の他方に排水口6を設け(第八の構成要件)

(九) 前記取水口5と前記排水口6との間を水路でつなぐとともに、その水路と前記水を利用する設備および貯水設備とを連絡させてなる(第九の構成要件)

(一〇) 河川或いは湖沼等の水がある所に、建造された多目的建造物(第一〇の構成要件)

3  本件特許発明の特許公報に記載された作用効果は、次のとおりである。

「風水害、地震、津波等の自然災害或いは、その他の人為的な災害等に遭遇した罹災者は、本願発明の建造物を避難場所として集まり、数百人或いは数千人という多数の人々が、比較的長期間建造物内で生活を維持しうる効果がある。特に、建造物の地上部分の一方に取水口を設け、他方に排水口を設けたので、近くの河川或いは湖沼等の水を取水口から建造物内に取り入れ、建造物内の水路を通して流下させ、その水を活用し、しかして排水口から排水するので、常時、新しい水を建造物内に格別面倒なことをすることもなく取水し、十分に活用しうる効果がある。また、もし、長期間にわたり、雨が降らなかったりして河川或いは湖水の水が低下し、事実上、水が、取水口に流入してこないようなことが起っても、本願発明の建造物内の地下部分の貯水設備の部分に貯留されている多量の水を使って多人数の人々が生活を続けうる効果がある。また、地上部分の一方に設けた取水口と他方に設けた排水口とをつないだ水路より下方の位置に貯水設備を設けているので、貯水設備への貯水のためには単に水路を設けておくだけで水を貯留しうるものであって、そのための動力手段を別途設ける必要もないのできわめて経済的であるとともに維持のため管理がしよい効果がある。なお、本願発明の建造物内の貯水設備内の水が全部消費されてなくなった時には、地下水を揚水する設備或いはその他の造水設備を働かせることにより水を供給しうるのであって、本願発明の建造物は、常時、水を保有しうる条件をととのえることによりどのような条件下でも多数の人々を生活させうる効果を有するものである。」

4  若宮大通調節池(以下「調節池」という。)及びその周辺施設は、別紙(一)第1図ないし第3図のとおりであり、それらの施設の概要は、次のとおりである(甲一、二、九、甲一〇の一ないし五、甲一八の一ないし八七、乙一、乙三の七、乙四ないし一二、弁論の全趣旨)。

(一) 調節池1は、名古屋市中区千代田一丁目地内に位置し、市道若宮大通線の堀留交差点から丸田町交差点の中央分離帯部地下に設置されている。

調節池は、新堀川40の上流部にあり、降雨時に雨水を調節池内部に流入させて一時貯留することにより、新堀川へ流出する雨水を抑制して、洪水を防止するための施設である。

調節池は、鉄筋コンクリート造で、大きさは、延長約三一六メートル、幅員約四七ないし五〇メートル、土被り約三メートル、深さ約一〇メートルであり、一〇万立方メートルの水を貯留することができる。

調節池の流域に降った雨水は、当初は下水道管を通って、降雨が強くなると合流式下水道の雨水放流管渠である堀留幹線5を通って、新堀川に流入する。調節池は、新堀川上流端へ流入する堀留幹線と地下部分にある調節池内の水路2で接続しており、更に降雨が強くなり堀留幹線の流量が増加し、水位が上昇すると、水路の片側に設置した横越流堰2Aから、その水が調節池内に流入する。調節池内に流入した水は、洪水のおそれがなくなると、排水されるが、その場合、まず上澄水を排水ポンプによって堀留幹線を経由して新堀川に放流する。底部に残った沈殿物を含む水は、汚水ポンプによって、下水道管を経由して、堀留下水処理場20に送り、処理後新堀川に放流する。

調節池内には、ポンプ電気室11(右排水ポンプ及び汚水ポンプ並びにこれらを運転し制御する電気設備を収納している施設)、設備計測室12(調節池を監視するための部屋があり、加圧ポンプを収納している施設)、電動ゲート13(横越流堰の一部に設けられている、堀留幹線の水位が調節池の水位より低い場合に貯留水を自然流下させることを目的とした施設)、排気口14(雨水が調節池に流入する際、調節池内の空気を外部に排出するための施設)、マシンハッチ15(調節池の維持管理に必要な資材や機器を搬入するための施設)、階段室16(調節池の維持管理のために底部まで降りるための施設)があるが、普段は無人であり、名古屋市ポンプ施設管理事務所から、遠隔制御、監視を行っている。

調節池は、愛知県知事が、被告国の機関として設置管理している。名古屋市長は、愛知県知事の委任により、調節池を設置する事業を行い、その事業費は、被告らが三分の一ずつ負担した。被告名古屋市は、愛知県知事の委任により、調節池を維持管理している。

(二) 調節池の周辺施設として、次のようなものがある。

(1) 堀留下水処理場

堀留下水処理場20は、新堀川40の上流端にあり、下水を処理して、新堀川に放流する施設である。処理水の一部は高度処理されて、後記(2)の若宮大通公園の水景施設(噴水、池等)に供給されている。

堀留下水処理場は、被告名古屋市が設置したものである。

(2) 若宮大通公園

若宮大通公園30は、中区大須一丁目から千種区吹上一丁目までの間にある都市公園であり、その一部の区間の地下部分に調節池が設置されている。調節池が設置されている部分の地上部分は、ミニスポーツ広場、テニスコートとして利用ざれている。調節池が設置されていない大津町線から久屋大通の間に水の広場があり、水景施設が設けられている。

若宮大通公園は、被告名古屋市が設置したものである。

(3) 都市高速道路

若宮大通公園の上空に、名古屋市道高速一号50がある。

二  本件は、原告が、「調節池、堀留下水処理場及び若宮大通公園並びに一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口は、一体不可分なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属する。」として、被告らに対し、特許権侵害による損害賠償として、連帯して三億円を支払うことを求めた事案である。

三  原告の主張

調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線は、次のとおり、一体不可分なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属し、本件特許発明の作用効果を有する。

1  第一の構成要件

一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口並びに若宮大通公園内にある水景施設(噴水、池等)の取水口から取水された水は、通水管及び雨水放流管渠である堀留幹線を通って、調節池に流入し、調節池に流入した水は、上澄水が、新堀川に放流され、残りの水が、堀留下水処理場において処理される。堀留下水処理場において処理された水は、新堀川へ放流されるか又は若宮大通公園内にある水景施設に供給される。右水景施設に供給された水は、右のとおり取水口から排水される。

以上のとおり、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線は、一体として機能している大規模建造物であり、取水の段階、調節池の段階、下水処理場の段階、公園内の水景施設の段階、排水の段階等の多段階で構成されている。

したがって、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線は、第一の構成要件を備えている。

2  第二の構成要件

一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに若宮大通公園は、地上に、堀留幹線は、地下にあり、調節池及び堀留下水処理場は、地上部分と地下部分からなっているから、これらは、第二の構成要件に該当する。

3  第三の構成要件

調節池の上部は、若宮大通公園になっているが、その部分の若宮大通公園は、堀留幹線の流下方向と同方向に細長く形成されており、かつ、平たい。したがって、第三め構成要件を備えている。

4  第四の構成要件

調節池及び堀留下水処理場の地下部分は、きわめて大きい構造体であるから、第四の構成要件を備えている。

5  第五の構成要件

調節池内にあるポンプ電気室、設備計測室、電動ゲート、排気口、マシンハッチ及び階段室並びに若宮大通公園内にある調節池の空調設備、採光設備及び換気設備等は、いずれも、生活活動に必要な設備である。また、名古屋市ポンプ施設管理事務所は、調節池とは機能上・管理上不可分一体の関係にある生活活動に必要な設備である。さらに、堀留下水処理場の汚水ポンプ、エアレーションタンク、汚泥貯留槽、搬送設備、混和設備、動力室、換気設備、倉庫、事務室等も、生活活動に必要な設備であるし、若宮大通公園の池の副受水槽及びろ過器も生活活動に必要な設備である。したがって、第五の構成要件を備えている。

6  第六の構成要件

調節池は、水を、調節池に貯留するか、新堀川に放流するかの選択をすることができるから、水の制御を行う設備があり、水を貯留する設備もある。したがって、調節池には、水を利用する設備及び貯水設備がある。また、堀留下水処理場には、水を高度処理する設備及び水を貯留する設備があるから、水を利用する設備及び貯水設備がある。よって、第六の構成要件を備えている。

7  第七の構成要件

一般公道上、名古屋市道高速一号上及び若宮大通公園内にある水利用施設の取水口から取水された水は、その下方にある調節池に流入するから、多段階の大規模建造物の地上部分の一方に取水口が設けられている。したがって、第七の構成要件を備えている。

8  第八の構成要件

調節池及び堀留下水処理場の新堀川への排水口は、地上部分にある。したがって、第八の構成要件を備えている。

9  第九の構成要件

一般公道上、名古屋市道高速一号上及び若宮大通公園内にある水景施設に取水口から取水された水は、通水管及び堀留幹線を通って、調節池に流入し、調節池に流入した水は、上澄水が、排水口から新堀川に放流され、残りの水が、堀留下水処理場において処理される。堀留下水処理場において処理された水は、排水口から新堀川へ放流されるか又は若宮大通公園内にある水景施設に供給される。したがって、取水口と排水口は、水路でつながれているとともに、その水路は、水を利用する設備及び貯水設備である調節池及び堀留下水処理場と連絡しているから、第九の構成要件を備えている。

10  第一〇の構成要件

調節池は、地上部分の水を取水して、貯留するのに最も必要かつ効果的な場所である新堀川の上流端に建造されているから、「水がある所に建造された」ものであり、その上部は、公園となっているから、多目的に利用することができる。また、堀留下水処理場も、水質管理、下水道台帳の閲覧等に利用することができるほか、上部は公園、公道等になっているから、多目的に利用することができるものである。したがって、第一〇の構成要件を備えている。

四  被告の主張

1  第一及び第二の構成要件

本件特許発明は、一つの多段階大規模建造物についてのものであるから、本件特許発明の「建造物の本体」には、別体となった建造物は含まれない。調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線は、それぞれ別個の建造物又は施設であるから、それらを一体として、本件特許発明の「建造物の本体」たる「多段階の大規模建這物」ということはできない。

そこで、以下、調節池の構成要件該当性について検討する。

まず、第一の構成要件の「多段階」とは、機能的な段階ではなく、多数の階層を意味しているところ、調節池は、柱、梁の骨組み構造からなる大きな立方体状の器であって、その天井に設備計測室等が取り付けられたものであるから、多段階の建造物ということはできない。また、調節池の本体部分は、約三メートルの厚さの被覆土に覆われており、地上部分はない。したがって、調節池は、多段階の構造物ではないし、その本体部分は、地上部分と地下部分とにより形成されていない。よって、調節池は、第一及び第二の構成要件を備えていない。

2  第三の構成要件

調節池の本体部分は、右のとおり被覆土に覆われており、地上には、設備計測室、ポンプ電気室、排気口、階段室の突出部が点在しているにすぎない。したがって、調節池の上面は、前後方向に細長く形成されていないし、平たく形成されてもいないから、第三の構成要件を備えていない。

3  第四の構成要件

調節池の地下部分は、きわめて大きい構造体であるから、第四の構成要件を備えている。しかし、地下に貯氷のための大きな空間を設けるという技術思想は、公知公用のものであるから、第四の構成要件には、新規性、進歩性がない。したがって、第四の構成要件は、本件特許発明の技術的範囲に属さない。

4  第五の構成要件

「生活に必要な設備」とは、数百人あるいは数千人という多数の人々が比較的長期間建造物内で生活を維持しうる設備を意味するが、調節池には、そのような設備はないから、調節池は、第五の構成要件を備えていない。

5  第六の構成要件

「水を利用する設備及び貯水設備」とは、貯留されている多量の水を使って多数の人々が生活を続けられるような設備をいうのであって、洪水を調節する設備は、「水を利用する設備及び貯水設備」ではないから、調節池の地下部分に「水を利用する設備及び貯水設備」はない。したがって、調節池は、第六の構成要件を備えていない。

6  第七ないし第九の構成要件

調節池の地上部分には、設備計測室等の突出部があるのみで、取水口はない。また、調節池から新堀川への排水は、地下にある雨水放流管渠によって、堀留下水処理場への排水は、地下にある下水道管によって行われるから、調節池の排水口は、地下にある。さらに、調節池内の水路とそれに接続されている雨水放流管渠を第九の構成要件の「水路」ということができるとしても、それは、「水を利用する設備及び貯水設備」に連結されていない。したがって、調節池は、第七ないし第九の構成要件を備えていない。

7  第一〇の構成要件

調節池は、「河川或いは湖沼等の水がある所に建造された」ものでないばかりか、「多目的建造物」でもないから、調節池は、第一〇の構成要件を備えていない。

8  本件特許発明の作用効果は、数百人又は数千人という多数の人々が、比較的長期間生活を維持することができる避難場所を提供するというものであるが、調節池は、洪水調節のために雨水を一時貯留する施設であって、避難場所を提供するという作用効果を有しない。

第三  当裁判所の判断

一  証拠(甲二〇)によると、本件特許公報の「発明の詳細な説明」には、「多段階の大規模建造物を、その建造物の本体1とし、その建造物の本体部分を、地上部分2と地下部分3とにより形成し、前記地上部分の上面を前後方向に細長く形成するとともに平たく形成し、前記地下部分をきわめて大きい構造体とし、その地下部分の水の少ない部分の部屋には各種産業設備、行政組織体に必要な諸設備、教育施設、動力室、倉庫特に食料倉庫、建設機械および機材等の倉庫、医療品倉庫、通信施設などの生活活動に必要な設備を設け、前記地下部分の水のある部分には、水を利用する設備および貯水設備を設け、工業用水、農業用水、および生活用水のいずれをも貯水しておける設備とし、前記多段階の大規模建造物の地上部分の一方に河川或いは湖沼等からの取水口5を設け、前記地上部分の他方に排水口6を設け、前記取水口との間を水路でつなぐとともに、その水路と前記水を利用する設備および貯水設備とを連絡させてなる河川或いは湖沼等の水がある所に、建造された多目的建造物である。」との記載があり、別紙(二)及び(三)の図面が添付されている(図面中の番号4は、貯水設備を指し、その余の番号は右のとおりである)こと、本件特許公報の「発明の詳細な説明」には、右の建造物以外の実施例は記載されていないこと、以上の各事実が認められる。

二  第一の構成要件について

1  第一の構成要件中「多段階の大規模建造物」については、一個の建造物であると解するのが、文言に従った素直な解釈である上、右一認定のとおり、本件特許公報に記載されている実施例においても、「多段階の大規模建造物」は、一個の建造物であり、それ以外のものは開示されていないから、本件特許発明の「多段階の大規模建造物」は、社会通念上一個の建造物ということができるものでなければならないというべきである。この点について、原告は、一体として機能している建造物又は施設については、それらを一体として、右「多段階の大規模建造物」に当たるものとすべき旨の主張しているものと解されるが、原告の右主張を採用することはできない。

2  しかるところ、前記第二の一4の事実に証拠(甲一八の七ないし三五)と弁論の全趣旨を総合すると、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線は、それぞれ異なる名称、機能を有し、構造上も区分することができる(調節池の施設の一部(設備計測室、ポンプ電気室、排気口、階段室の突出部)は、若宮大通公園内の地上に存在するが、調節池の本体である水を貯める部分は、地下にあり、若宮大通公園とは区分されている)ものと認められるから、これらは、別個の建造物又は施設であるということができる。

3  したがって、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線が、本件特許発明の構成要件に該当するか否かは、それぞれ別個に構成要件に該当するか否かを検討すべきである。

なお、証拠(甲一八の一ないし六、乙六)と弁論の全趣旨によると、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口並びに若宮大通公園内にある水景施設の取水口から取水された水は、通水管及び雨水放流管渠である堀留幹線を通って、調節池に流入することがあるものと認められ、この事実に前記第二の一4の事実を総合すると、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線は、その機能が互いに関連性を有しているということができるが、そのことのみで、これらを、一個の建造物及び施設と認めることはできず、そうである以上、これらを一体として「多段階の大規模建造物」に当たるということはできない。また、原告は、(一)調節池と堀留下水処理場や名古屋市道高速一号との関係は、建築基準法二条一三号の「増築」に当たるか又はこれに類する関係であるから、調節池と堀留下水処理場、調節池と名古屋市道高速一号は、一体不可分である旨の主張、(二)堀留下水処理場は、建築基準法二条二号の特殊建築物に該当するところ、下水道設備は、同条三号の建築設備であるから、両者は一体不可分である旨の主張、(三)建築基準法五七条や道路法四七条の五ないし九の各規定によると、名古屋市道高速一号と他の建造物又は施設は一体不可分である旨の主張をするが、証拠(甲二七)によると、調節池は建築基準法上の建築物ではないと認められるから、調節池と堀留下水処理場や名古屋市道高速一号との関係について、建築基準法二条一三号の「増築」に当たるという余地はなく、これに類する関係にあるとも認められないし、建築基準法及び道路法に右(二)、(三)のような規定があるからといって、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線が一個の建造物及び施設であるということはできず、そうである以上、これらを一体として「多段階の大規模建造物」に当たるということはできない。

4  そうすると、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線が、建造物でないことは明らかである。

5  そこで、次に「多段階」の意味について検討するに、前記第二の一1、3の各事実に右一認定の事実を総合すると、本件特許発明の建造物は、災害が生じた場合に、数百人、数千人という多数の人が、比較的長期間避難場所として利用することを想定したもので、そのために、右建造物は、地上部分と地下部分とからなり、地上部分には、取水口と排水口が設けられ、地下部分には、水の少ない部分に生活活動に必要な部屋が設けられ、水のある部分に水を利用する設備及び貯水設備が設けられている大規模な建造物であると認められるところ、多数の階層を設けると、設けない場合に比べて上面部分の面積を少なくすることができるから、広い土地がなくても、右のような構造の大規模な建造物を作ることができるのであり、現に、右一認定の事実によると、本件特許公報には、本件特許発明の実施例として、地上部分が一層、地下部分が一〇層(貯水設備が七層、部屋の部分が三層)となった多数の階層を有する建造物が記載されており、他の建造物は開示されていない。これらのことからすると、本件特許発明における「多段階」は、多数の階層を有することを意味するものと認められる。原告は、右「多段階」について、機能的に多数の段階を有することを意味する旨の主張をしているものと解されるが、この主張は、採用することができない。

6  証拠(乙六)と弁論の全趣旨によると、調節池は、柱と梁からなる大きな立方体状の器であって、その天井部分に、設備計測室等が設けられているにすぎないものと認められるから、多数の階層を有するとは認められない。

また、堀留下水処理場や若宮大通公園が多数の階層を有すると認めるに足りる証拠はない。

7  以上のとおり、調節池、堀留下水処理場、若宮大通公園、一般公道上及び名古屋市道高速一号上の取水口、通水管並びに堀留幹線が、本件特許発明の第一の構成要件に該当することはない。

三  第五の構成要件について

1  前記第二の一1、3の各事実に右一認定の事実を総合すると、本件特許発明の建造物は、災害が生じた場合に数百人、数千人という多数の人が、比較的長期間避難場所として利用することを想定したもので、そのために、第五の構成要件の「生活活動に必要な設備」を設けているのであるから、この「生活活動に必要な設備」は、災害が生じた場合に、多数の人が、比較的長期間、生活することができるものでなければならないというべきである。

2  しかるところ、調節池内には、ポンプ電気室、設備計測室、電動ゲート、排気口、マシンハッチ及び階段室が存し、また、原告が主張するように、若宮大通公園内に、調節池の空調設備、採光設備及び換気設備等が存するとしても、そのことのみから、調節池の地下部分に、右のような意味での「生活活動に必要な設備」が存すると認めることはできない。そして、他に、調節池の地下部分に、右「生活活動に必要な設備」が存することを認めるに足りる証拠はない。なお、弁論の全趣旨によると、名古屋市ポンプ施設管理事務所は、調節池とは別の場所にあるものと認められるから、名古屋市ポンプ施設管理事務所が存することを理由に、調節池の地下部分に右「生活活動に必要な設備」が存するということができないことは明らかである。

また、証拠(甲九、乙八)によると、堀留下水処理場には、汚水ポンプ、エアレーションタンク、汚泥貯留槽、搬送設備及び混和設備が存するものと認められ、また、原告が主張するように、堀留下水処理場に、動力室、換気設備、倉庫、事務室等が存するとしても、そのことのみから、堀留下水処理場の地下部分に、右「生活活動に必要な設備」が存するとまで認めることはできない。そして、他に、堀留下水処理場の地下部分に右「生活活動に必要な設備」が存することを認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告が主張するように、若宮大通公園の池に副受水槽及びろ過器が存するとしても、そのことのみから、若宮大通公園の地下部分に右「生活活動に必要な設備」が存すると認めることはできない。そして、他に、若宮大通公園の地下部分に、右「生活活動に必要な設備」が存することを認めるに足りる証拠はない。

第四  総括

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 森義之 裁判官 鈴木和典)

別紙(一)

<省略>

<省略>

別紙(二)

<省略>

別紙(三)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例